Zektbach叙事詩 まとめ

第4章

テーマ:罪と罰のパラドックス


第4章 第1節 第1話『聖女アンネース』

メリウス歴736年

――髭をたくわえた一人の老人が椅子に座り、机の上でなにかをしていた。
机の上には2冊の本が置いてある。
左側に文字がぎっしり敷き詰められた本、右側に何も書いていない白紙の本が置かれている。
老人は羽のついたペンを持ち、左側に置いた本に目をやりながら白紙の本に文字を入れていた。
どうやら本を書き写しているようであった。
しかしよく見ると、この老人は完全に写本が出来ていないようだ。
明らかに一部の文章が間違えている。
男は白紙のページをすべて埋め尽くすと左側の本に火を点けて燃やし、新たに白紙の本を用意した。
用意した本は前の2冊よりも豪華な装丁を施してある。
老人は左側に先ほど写し終えた本を置き、右側に豪華な白紙の本を置き再び写本をはじめた。
ここでも老人は完全に写本をしていなかった。
――いや、わざと間違えているのだ。
老人は写し終えると満足げな顔をして、さらに豪華な白紙の本を用意し写し元の本を燃やした。
よく見ると傍らには幾つもの本を燃やした後がある。
老人はどうやらこの作業を何度を何度も繰り返しているようであった。
老人はペンを持つと、再び左の本から右の本へ文章を書き写しはじめた。
そして特定のページに差し掛かると、老人は再び意図的に文章を変更していた。
しかし、今度は老人が文章を変更して写してもその部分だけ何故かすぐに消えてしまう。
老人は不思議に思い、消えた部分に再び文章を書いた。
だが、何度やってみても誤った文章はすぐに消えてしまう。
それはまるで、本が意思を持ち誤った文章を受け入れないようであった。
老人は困り果てた顔をして、椅子から立ち上がりその本を手に持つと扉を開けて部屋を出て行った。

次の目に映ったのはどこまでも続く森と巨大な生物の群れであった。
彼らは皆一様に佇み静かに何かを待っている様子であった。
次の瞬間、天空より巨大な火の岩が幾つも降り注いできた。
地上は大きな炎で焼き尽くされ、空は黒い雲で埋めつくされた。
だが彼らは滅び行く身に身じろぎ一つせず、その表情からは安らぎすら感じとれた。

場面が変わり、一人の若い女が空から垂れた鎖をよじ登っている姿が目に映る。
鎖は空の彼方まで伸びており、女は必死な形相をしてそれにしがみついていた。
女の手には美しい果実がしっかりと握られている。
眼下には地上から人とも動物とも分からぬ様々な種類のものが大勢同じように鎖につかまっている。
次第に重さで鎖が揺れ、ずるずると下へひっぱられはじめた。
女は憤怒と焦燥の表情を浮かべ、わけのわからぬ言葉を口走った。
そして果実をしっかりと握り締めたまま背中の剣に手をやると、女は勢いよく鎖を切った。
次の瞬間、地上に大きな洪水が起きて全ての者を飲み込んでしまった。
女はその様子に悪辣な笑みを投げかけると、安堵の表情で持っていた果実を口にした――

そこでアンネースは目が覚めた。
(また同じ夢を見たわ…今日こそ教皇様に相談してみよう…)
アンネースは修道服に着替え、大聖堂に向うことにした。
色とりどりの花が咲き木々が生い茂る、美しい光景に目をやりながらアンネースは今日もここファラリエンの変わらぬ平和に感謝していた。
しかし大聖堂へ続く道に差し掛かった時、アンネースは異変に気付いた。
人々の様子が何かおかしい。皆いつもの穏やかな表情ではない。
道端でうずくまって嗚咽している老女がいた。
アンネースが一体何があったのか尋ねると老女は今にも途切れそうな声で言った。
『あぁ、聖女様…ルルドが…ルルドが…』
アンネースは老女に祈りを与え落ち着かせると、足早にルルドへ向かった――

引用元:Story(Fallarien) - The Epic of Zektbach


第4章 第1節 第2話『見捨てられた楽園』

メリウス歴736年

ファラリエン――
大陸から遥か遠く離れた場所に存在するこの島は、誰もが忘れた記憶を持つ孤島である。

遥か昔、建国して間もないノイグラード王国に大きな疫病が襲った。
病にかかった人間はとても人とは思えぬ異質な姿となり、記憶と理性を失っていた。
疫病は蔓延し、増えていく異質な姿の者達は王国に大きな混乱を招きはじめた。
危機を感じた王は病人達を悪魔が乗り移った忌むべき魔物とし、船に乗せて僻地へ隔離することを命じた。
国民の間で魔物狩りと称された疫病人の捕獲が行われ、疫病人達は次々に港に集められ巨大な船に閉じ込められた。
巨大な船は罵声を浴びながら次々と港町ロロから出航され、海の彼方へと消え去ると人々は皆大きな歓声を上げた。
こうして、王をはじめこの国の人々はこの忌まわしき疫病の存在を記憶から消し去った。

呪われた船は、そのうちに遠く離れた無人島へ辿り着いた。
島は疫病人の島となり、辿りついた人々は見捨てられた事も知らずにあてもなく彷徨っていた。
ある時、一人の者が島のはずれの森の中にある穴に落ちた。
穴は水で満たされていて、男は水の中をもがき気を失った。
男が気がついた時、体からすっかり病は消え去っていた。
理性を取り戻したこの男は穴から這い上がりしばらく考えると
思いついたように穴から水を汲み上げて、他の者達に次々に浴びせていった。
みるみるうちに病は消え去っていき、ついには島から病が完全に消え失せた。
正気を取り戻した人々は、島は太古より病により呪われておりその呪いが今まさに解けたのだと考えた。
誰一人自分達は忌み捨てられた存在だと気付かずに――。

島の者達はこの奇跡をもたらした穴の上に水を汲み上げる井戸を作り、それをルルドと呼ぶようになった。
ルルドから汲み上げられた水はこの地にさらなる奇跡をもたらした。
水を飲んだある者は大いなる知恵を授かり、様々な文化と技術を創造した。
枯れた大地に水をまけば美しい花が咲き、作物は豊かに育ち、家畜に水を与えるとたくさんの乳を出した。
ルルドの水は尽きる事なく、人々は皆ルルドの水を利用して沢山の幸福を授かった。
こうして島は独自に繁栄をしていき、いつしか島は楽園の意味を持つファラリエンと名付けられ
人々は美しいこの島を出るまでも無く、皆何一つ不自由の無い暮らしを謳歌していた。
奇跡をもたらし続けるルルドはそのうちに人知の及ばぬ神の思し召しとされ崇められるようになり
島には独自の信仰が発展し大聖堂と修道院がルルドの傍らに作られた。

ある時、ルルドの水を飲んだ一人の若い女が子を授かった。
女は子を産むと、息絶えてしまった。
親を失った赤子は修道院に預けられ、ルルドが生んだ奇跡の子として修道院を司る教皇と村の者達によって大切に育てられた。
修道院で育った奇跡の子はルルドの神を深く信仰し、誰よりも敬虔な信徒となった。
齢16歳になった奇跡の子は、今や神に一番近い聖女としてこの島の誰もが慕う存在となっていた。
聖女の名はアンネースといった――。

引用元:Story(Fallarien) - The Epic of Zektbach


第4章 第1節 第4話『啓示』

メリウス歴736年

アンネースの頭の中に様々な光景がめまぐるしく巡ってゆく――
空からとめどなく降り注ぐ岩と巨大な生物の群れ、洪水に飲まれゆく地と鎖にしがみついた男、木の実を食べる裸の若い男女、赤い空に飛び交う鉄の鳥たち、光る小さな石盤のようなものを食い入るように見つめる人々、荒れた土地で鳴き声を上げ自ら命を絶ってゆく白鳥達…
もの凄い速さで頭の中を流れる映像にアンネースは思わず頭をかかえてうずくまった。
アンネースの心に声が響いてくる――

『神の水より生まれし者よ…
 今、世は愚かな種の罪深き行いに満ち溢れている。
 大いなる奇跡と恵みはその代償を得てこそ存在せしものである。
 しかし傲慢な種である人間はそれを怠り、均衡をやぶる代償無き真理を次々と生み出しているのだ。
 この村の者達も然り。
 彼らはいにしえより続くすぎたる奇跡に盲目となりてその代償を忘れ偽りの真理を生みだしその存在を歪んだものとしてしまった。
 無償の奇跡とは、傲慢であり、すなわち罪である。
 無知なる幸福とは、怠慢であり、すなわち罪である。
 汝その体に宿し力により偽りの真理を暴き、真なる因果を導き摂理を守らんとせよ。』

アンネースの記憶の奥底で眠っていた何かが目覚めた―――
アンネースは静かに剣を手にとり螺旋階段を登りはじめた。
(…私はこの村を滅ぼさなければならない…永年の奇跡の代償を得て世の摂理を守る為に。
 そして私は存在の真理を守る為、人々の罪にその報いと罰を与えなければならない…。
 それが大いなる神の御心であり、その為に私は尊い命を受けたのだから…。)
螺旋階段を上がり枯れた井戸から出ると、村の人々がアンネースにすがってきた。
『聖女様、どうか救いの力を…あなた様はルルドから生まれし奇跡の子…
どうかルルドに水を戻して下さい!』
人々はこぞってアンネースの前に跪き、祈り、懇願した。
アンネースに迷いが生じた。
生まれてすぐ親を失いみなしごになった自分をなによりも大事に育ててくれた村の人々。
アンネースの脳裏にこのあたたかい人々のやさしさに包まれた日常がよみがえってきた。
世の摂理など知る由もないこの者たちに今まさに理不尽にも制裁を与えなければならない。
アンネースの顔に涙がつたい、流れ落ちた。
(私は…私はこの村の人々から沢山の幸せを得て育った。
 なのに…人々の幸せを今ここで私がこの手で奪わなくてはならない…
 神よ…例えこの島の者達が奇跡を得た事が罪深き事であったとしても人々はただ平和であたたかな暮らしを望んだだけです…
 それは罪なる行いなのでしょうか…?
 平穏で幸せな暮らしを奪う事が善を導くものなのでしょうか…?)
アンネースは涙溢れる瞳で、天を仰ぎ祈った。

『均衡の崩れた真理の存在は、他の大きな真理を破壊する。
 真理の崩壊が進めば、すべての因果律が崩れ、やがて全てが虚無に飲まれるであろう。
 存在から意味が崩れ落ちし事は死よりも恐ろしい。
 摂理に回帰する死は尊い聖なる力であるのだ。
 汝は選ばれし者。さあ、その大きな使命により剣を振り下ろすのだ』

神の声を聞き記憶の奥底でうずく何かが、アンネースを強く揺り動した。
次の瞬間、アンネースの瞳が赤く染まりアポカリプスソードから炎が舞い上がった――。

引用元:Story(Fallarien) - The Epic of Zektbach


第4章 第8節『白鳥の鳴く丘』

〜神の啓示を受け、罪狩りの執行人に選ばれし少女アンネースは
その重き使命と絶望に苦悩をおぼえ免罪を祈り続けるが、
人々が重ねる罪はとどまることを知らず
悲しみと怒りはやがて狂気と化して、アポカリプスソードから殲滅の炎を導く。
燃え盛る業火ののちに残されたもの。それは果てしない氷の世界コキュトス。
そのあまりに荘厳で美しい光景にアンネースはメギドの丘の上で泣き崩れる〜

ゼクトバッハ叙事詩 第4章第8節『白鳥の鳴く丘』より

引用元:Apocalypse 〜dirge of swans〜 - beatmania IIDX 13 DistorteD


EPIC IV "PECCATUM"

神が罪を裁くのではない
罪がその存在を神というものに縋ったのだ
迷える修道女アンネースよ
神など存在せぬのだ
其れはお前自身の心が生んだ
お前の存在を正当化させる虚託に過ぎない
お前は遂古の種族に芽生えた罪の理念そのもの
人から罪を生み出し
其れに罰を与え
新たな罪を生み出してゆく
其れは全てお前の存在により生まれた
種に纏いつく永遠の螺旋なのだ――

かつて人類黎明期に進化の過程で、自然に構築されていった
生き残る上で重要な一つの基本的で柔軟な神経回路があった。
それは時が経ち誤認識と誤作動を起すことによって思わぬ副産物を生み出した。
副産物はやがて人類を眩惑させたまま
それ自体が命を吹き込まれたように進化していったのだ。
その効果により傀儡された多くの設計者達により
多岐に渡り樹形を描いて進化と淘汰を繰り返したそのミームは
異なる樹形に位置する者同士を『罪』という名の下に対立させ
多くの血塗られた歴史を作り上げていったのだ。

私がそれを父と共に完全に駆逐してから数十年が経つ。
今や呪縛の螺旋を持つ者は皆無であり、我々はさらなる高みへと進んだのだ。
奴は最早この小さな箱の中のデータとしてしか存在しないのだ。

A.D.2424年 進化論理学者 ティモシー・バイゴット

引用元:絵本風ブックレット - Zektbach 1stアルバム 豪華版



http://music.geocities.jp/zektmatome/
Zektbach叙事詩 まとめ